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不倫相手への遺贈が無効になる場合(公序良俗違反)

不倫相手への遺贈が無効になる場合(公序良俗違反)

Q

夫と私は夫の不貞が原因で2年前から別居しています。別居直後から夫は不倫相手と暮らしていましたが,ひと月前に夫が亡くなりました。私たちに子はおらず相続人は妻の私だけで,夫の遺産は約3千万円の自宅建物(別居後は私が一人で住んでいます)と2千万円の定期預金です。2千万の定期預金は3年前に夫が定年退職した際の退職金で,退職までの数十年間夫を支えきたのは私です。夫は半年前に自宅建物を私に相続させ預金はすべて不倫相手に遺贈するという内容の遺言を作っています。私は現在66歳で収入は月に7万円の年金だけで私は夫の預金がなければ生活に困りますし,そもそも夫婦関係を壊した女性に夫の遺産をとられること自体納得いきません。このような遺言は有効でしょうか。

A

1 遺贈と公序良俗違反
遺贈も一種の法律行為であり,法律行為一般に関する無効・取消事由があればその効力を否定することができます。そして,不倫相手への遺贈については,従来より公序良俗に反して無効になるか否かが問題とされてきました。
公序良俗違反による無効とは,社会における秩序や善良な風俗を守るため,公の秩序に反し社会的妥当性を著しく欠く法律行為の効力を否定することを言います(民法90条)。裁判所は,不倫相手への遺贈行為をすべて公序良俗違反と判断するのではなく,夫婦関係破綻の原因,遺言による遺言者と受贈者との関係の変化(親密度を増したか),生前の財産分与状況,遺産形成への相続人の関与,相続人の経済状況等の具体的な事情を勘案し,
1)遺贈が不倫関係の維持・継続を目的としているか否か
2)遺贈の内容が相続人らの生活基盤を危うくするものであるか否か
を主な基軸とし,特に2)に該当する場合には遺贈を無効とするという一般的基準がみられます。関連する判例を紹介します。

2 関連判例
(1) 公序良俗違反による無効とされた例
ア 東京地判昭和58・7・20(判時1101・95)
夫(遺言者・遺言時50歳)は16歳年下女性と11年間不倫関係を継続。遺言時,遺言者が一方的に不倫相手との関係継続を望み歓心を買う必要があったうえ遺言後に不倫相手とより親密になったことから遺言作成目的は不倫関係の維持継続と認定。また,遺産形成に妻の寄与が大きく,妻は夫に経済的に依存し,遺贈内容は妻の居住不動産を含む全財産を不倫相手に遺贈している点を考慮し,公序良俗に反し無効とした。
イ 東京地判昭和63・11・14(判時1318・78)
   夫婦同居中に夫(遺言者)が不貞に及び死亡まで22年間不貞相手と同棲。死亡2年前に離婚調停申立て,離婚訴訟提起直前に不貞相手を受贈者とする遺言作成,間もなく死亡。遺言目的は不貞相手の長年の協力や今後世話になることへの感謝の意と認定。しかし遺言内容が全財産を不貞相手に遺贈する点,主要遺産は妻現住の不動産で同不動産の賃貸収入が妻の唯一の収入である点,離婚訴訟で相当額の財産分与や慰謝料が予想されると遺言者が認識していた点を考慮し遺言は公序良俗に反し無効とした。
(2)公序良俗に反せず有効とされた例
ア 最判昭和61・11・20(民集40・7・1167)
  夫(遺言者)は死亡の10年前から妻と別居,その後別の女性と不貞関係に至り死亡までの約7年間半同棲。遺言目的は専ら不貞相手の生活保全のためとして不貞関係の維持・継続目的を否定。遺言内容は,妻と子と不貞相手に各々3分の1を遺贈するもので(当時の妻の法定相続分は3分の1)子が嫁いで高校講師等職にあることを考慮し,遺言は相続人らの生活基盤を脅かすものでなく公序良俗に反しないと判示。
イ 仙台高判平成4・9・11(判タ813・257)
  夫(遺言者)が妻と別居し婚姻関係破綻の3年後に夫が不貞相手と同棲,その約10年後不貞相手に全遺産を遺贈する遺言を作成。遺言目的は不貞相手の将来の生活場所保全と認定。相続人らが問題とした不動産のうち一つは評価額が40万円に過ぎず,他方は同棲開始後に不貞相手と住むため不貞相手から代金一部の援助を受け取得したもので現に不貞相手が居住する点,妻は相当な生前贈与を受け資金的余裕もあり子は独立し遺留分減殺請求権もある点から,遺贈により相続人らの生活基盤が直ちに脅かされるとは認め難く,公序良俗に反しないとした。

3 問いに対する回答
ご質問のケースでは,遺言者である夫が遺贈をした目的は不明ですが,夫婦関係の破綻原因が受贈者である女性との不貞にあること,および,2千万の預金の原資となった退職金の取得には妻が大きく寄与しているという事情があります。これらの点はいずれも,遺贈が公序良俗違反と判断される方向に傾く事情といえます。また,相続人である妻は,居住用不動産は取得できるものの,今後の収入がわずかな年金のみであることから,戦前贈与の有無や妻自身の現資産状況によっては,本件遺贈によって妻の将来の生活基盤が脅かされる恐れがあるといえます。
したがって,本件遺言は,諸事情によっては公序良俗に反し無効とされる可能性が十分にありますので,弁護士等の専門家にご相談されることをお勧めします。

「参考文献」
潮見佳男『相続法第二版』弘文堂
高岡信男『相続・遺言の法律相談』学陽書房
東京弁護士会相続・遺言研究部『遺産分割・遺言の法律相談』青林書院

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