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相続人の配偶者に対する生前贈与は特別受益に該当するか

相続人の配偶者に対する生前贈与は特別受益に該当するか

Q

母が3千万の預金を残して亡くなりました。相続人は長女と次女の私です。母は生前,自分の土地に小料理屋を建てて営み,長女が店を手伝っていました。母は,1年前に入院した際に土地建物(3千万相当)を長女の夫(公務員)に贈与しました。その後,店は長女が一人で切り盛りし長女の夫はお店に全く関与していません。私はこの贈与は特別受益にあたると思いますが,長女は,贈与を受けた夫は相続人ではないから特別受益ではないと反論します。長女の言い分は正しいですか。

A

1 特別受益と持ち戻し計算
 民法は,共同相続人の一部が被相続人から遺贈または一定の生前贈与を受けた場合,その受益の限度でその者の相続分を減少させることで共同相続人間の実質的公平を図っています。これが特別受益の持戻し制度です。特別受益にあたるのは,すべての遺贈と,「婚姻・養子縁組のため」の贈与と「生計の資本として」の贈与です(民法903条)。
 特別受益にあたる贈与があった場合,この贈与額を遺産の額に加算した額に,各相続人の相続割合を乗じると各相続人の「一応の相続分」が算出できます。特別受益を受けた者(特別受益者)についてはこの一応の相続分の額から特別受益分を控除した残額を「具体的相続分」(現実に受け取る分)とし,特別受益者以外の相続人は「一応の相続分」をそのまま「具体的相続分」とします。
 
2 特別受益者の資格
 上記のとおり,特別受益とは相続人間の実質的公平を図るための制度ですから,持ち戻しの対象は,原則として相続人への贈与に限られます(民法903条)。もっとも,真実は相続人に対する贈与であるのに,名義だけを相続人の配偶者や子としたような場合,つまり相続人への贈与(遺産の前渡し)と同視できる場合には持ち戻し対象になると解されます。
(1) 過去の審判例
 被相続人が生前に娘の夫に対して行った農地の贈与が持ち戻しの対象となるか否かが問題となった事例があります。裁判所は,相続人の配偶者に対する生前贈与につき次のような一般論を立てています(福島家白河支審昭和55・5・24家月33・4・75)。
・相続人の配偶者への贈与は形式的には特別受益にあたらないが,実質的には相続人への直接の贈与と異ならない場合もある。相続人間の公平の観点から,形式的に贈与当事者が相続人でないという理由だけでは,特別受益性を否定できない。
・贈与の経緯,贈与物の価値,性質,相続人の受けた利益等を考慮し,実質的には相続人に対する直接の贈与と認められる場合,相続人の配偶者に対する贈与を相続人への特別受益とみるべきである。
そして,問題となった事案につき,下記のような点を重視し,相続人の夫への農地贈与は実質的には相続人への贈与であり特別受益にあたると判断しました。
・贈与された農地は以前から相続人本人が手伝って作業しており,贈与後に利用しているのも専ら相続人本人であることから,贈与の趣旨は(相続人の夫ではなく)相続人自身へ利益を与えることにあったこと。
・登記簿上,配偶者(夫)の名義にしたのは,夫をたてる配慮とも推測されること。
・贈与土地の価値が,遺産総額と土地の評価額との合計額の4割近くに上ること。
このように,裁判所は贈与前後における贈与物の利用実態や,名義人を配偶者とした目的,贈与物の価値等に着目し,相続人間の実質的公平に配慮していることがわかります。

3 問いの検討
 上記審判の基準に照らすと,本件贈与物は贈与以前から長女が母の営業を手伝ってきた店の不動産であるうえ,贈与直後から専ら長女が営業を引き継ぎ,受贈者である夫の関与は見られません。また,贈与物の価額3千万は,この額と遺産総額との合算額6千万円の2分の1にも上ります。こうした事情から,長女の夫への贈与は実質的に長女自身への贈与と同視でき,持ち戻しを認めなければ相続人間の実質的公平を害する可能性があります。
 判例の基準に照らすと,長女夫への贈与は,実質的には長女への贈与と判断される可能性が高いと思われます。

「参考文献」
潮見佳男『相続法第二版』弘文堂
片岡武・管野眞一『家庭裁判所における遺産分割・遺留分の実務』日本加除出版

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