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法定単純承認と相続放棄

法定単純承認と相続放棄

Q

父は2年前に事業に失敗し,母と3人の子を残して失踪しました。このたび,父は失踪直後に自殺したと知り遺産を調べたところ父名義で1億円の借金があると判明しました。父の死亡前後に各相続人は次の行為をしていますが,これから相続放棄できますか。
1 母が,父の死後に父の死を知らず,父名義の土地を売却し生活費に充てた行為
2 長男が,父の死を知りつつ父が生前知人に貸した100万円を取り立てて回収した行為
3 長女が,父の死を知りつつ返済期限を過ぎた父の借金50万円を自分の預金で弁済した行為
4 次男が,父の死を知りつつ父名義の家屋の雨漏り部分を修理した行為

A

1 相続放棄
 相続放棄とは、相続人が自己に対する相続の効果を確定的に消滅させる意思表示によって望まない相続財産の承継を拒むことができる制度を指します。
 相続放棄を行うには,自己のために相続が開始したことを知ったときから3か月以内に家庭裁判所に相続を放棄する旨を申述することが必要です(民法915条1項)。
 相続放棄により,放棄者は当初から相続人でなかったことになり(民法939条)熟慮期間内であっても放棄の撤回は認められません(民法919条1項)。
 
2 単純承認と法定単純承認
 相続放棄とは逆に,被相続人の財産を包括的に承継する意思表示を単純承認といいます。単純承認により相続人は被相続人の債務についても原則として無限に責任を負い,その後に相続放棄をすることはできません(民法920条)。
そして,法定単純承認とは,次の一定の事由がある場合に単純承認をしたものと擬制する制度です(民法921条)。具体的には,
① 相続放棄・限定承認の前に相続財産の処分行為を行った場合(民法921条1号)
② 熟慮期間内に限定承認も相続放棄もしなかった場合(民法921条2号)
③ 相続放棄・限定承認後の相続財産の隠匿・消費および財産目録への不記載
のいずれかに該当する場合に法定単純承認の効果が生じ,相続放棄は認められません。
 ご質問との関係では,①相続放棄前の処分行為の具体的内容が問題となります。ここにいう処分行為とは,相続財産の売却・贈与等の法律行為のほか,遺産物の破損等の事実行為,債権の取立や弁済受領行為が含まれます。一方,相続財産の現状を維持する保存行為(不動産の修繕・債権の時効中断行為)は含まれません(民法921条1号但書)。
なお,この規定が適用されるには,相続人が自己のために相続が開始した事実を知りつつ処分行為をしたか,少なくとも相続人が被相続人の死亡した事実を確実に予想しつつあえて処分したことを要します(最判昭和42・4・27民集21・3・741)。したがって,処分行為をした場合でも,処分時点で被相続人の死亡を知らず,確実に予想もしていなかった場合には法定単純承認の効果は生じず,その後においても相続放棄が可能です。

3 問いについて
 各相続人の行為が民法921条1号に規定する一定の処分に該当する場合は,法定単純承認の効果により相続放棄はできません。
① 被相続人の妻が,被相続人の死亡を知らず相続財産である不動産を売却した行為
相続財産である不動産の売却は民法921条1号規定の一定の処分に該当します。もっとも,妻は不動産を売却した時点で被相続人の死亡の事実を知らないため,法定単純承認の効果は生じません。妻は相続放棄をすることができます。
② 父の死を知った長男が,父が生前に知人に貸した100万円を取り立てて回収した行為
 被相続人の債権取立回収行為は相続財産の処分に該当します。長男は父の死を知ってあえて処分行為に臨んでいるため法定単純承認の効果が生じる結果,相続放棄はできません。
③ 父の死を知った長女が,父の債務50万円を自分の預金から弁済した行為
相続人が自己資金で相続債務を弁済する行為は民法921条1号の処分行為には該当しないと解されます(福岡高決宮崎支部平成10・12・22)。右決定では相続人固有の財産をもってする被相続人の債務弁済が相続財産の処分にあたらないことは明らかだとし理由は述べていませんが,学説では期限の到来した債務弁済は遅延損害金の発生を防ぐ点で保存行為の一面を有する点,相続人固有の財産をもってする相続債務弁済は相続債権者を害する恐れがない点が理由に挙げられています。
したがって,期限の到来した相続債務の自己の預金で弁済した長女の行為は法定単純承認事由にあたらず,相続放棄が可能です。
④ 父の死を知った次男が,父名義の家屋の雨漏りを修理した行為
家屋の雨漏りを修理する行為は,当該財産の現状を維持する行為であり保存行為に該当します。保存行為は法定単純承認事由にあたらないので,次男は相続放棄ができます。

「参考文献」
潮見佳男『相続法第二版』弘文堂
高岡信男『相続・遺言の法律相談』学陽書房
東京弁護士会相続・遺言研究部『遺産分割・遺言の法律相談』青林書院

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