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相続放棄と熟慮期間の起算点

相続放棄と熟慮期間の起算点

Q

両親は,私が幼い頃に父の浮気が原因で離婚しました。父は転居先も知らせず出て行ったため,40年間も音信不通でしたが,半年前,父の内縁の妻だという女性から,父が死亡したと連絡がありました。女性は,父には一切財産はなく,自分が養っていたと言っていたので,特に相続の手続きもせずにいたところ,先日,金融業者から突然連絡があり,父は知人の1千万円の借金の連帯保証人になっていたので,すぐに全額弁済してくれというのです。父の死を知ってから既に半年が経ちますが,もう相続放棄はできませんか。

A

1 相続放棄とは
 相続放棄とは,相続人が自己に対する関係で不確定に帰属する相続の効果を確定的に消滅させる相続人の意思表示をいいます。相続放棄により,相続人は最初から相続人ではなかったものとみなされ(民法939条),事後の撤回もできません。相続放棄の効果は,絶対的な効力とされているのです。

2 相続放棄と熟慮期間
相続放棄をするか否かの決断は,「自己のために相続の開始があったことを知ったとき」から3ヶ月の間に,行わなければなりません(915条1項)。この期間内に相続放棄または限定承認をしなければ,単純承認したものとみなされ(921条2号),この期間を熟慮期間といいます。
ここにいう「自己のために相続の開始があったことを知ったとき」の解釈は,原則として,(1)被相続人が死亡したこと,(2)自己がこの者の相続人である事実を知ったとき,とされています。
 しかし,この解釈を貫くと,被相続人の死亡と,自分がその相続人である事実は知っていたものの,後になって思いもよらない被相続人の借金が出てきた場合,熟慮期間を経過していれば相続放棄ができないために多額の借金を負わされ,大変な目にあう場合があります。
 そこで,最高裁は,
①熟慮期間内に限定承認または相続放棄をしなかったのが,被相続人に相続財産が全く存在しないと信じたためであり,かつ,
②被相続人の生活歴,被相続人と相続人との間の交際状態その他の諸般の状況からみて当該相続人に対し相続財産の有無を調査を期待することが著しく困難な事情があって,相続人が被相続人に債務がないと信じる相当の理由があると認められるとき
には,
相続人が「相続財産の全部または一部の存在を認識した時または通常これを認識しうべき時」から熟慮期間を起算すべきものと判断しました(最判昭和59・4・27民集38・6・698)。

4 ご質問について
 ご質問の事情によると,相談者と被相続人とは法律上の親子関係にありますが,父の不貞により幼い頃に両親は離婚し,家を出ていった父とは40年間も音信不通だったという特殊な事情があります。また,父の死を知らせてきた内縁の妻からは,父に財産は一切無いと言われており,こうした事情をも合わせみると,上記最高裁判例がいう,相続放棄をしなかったのは父に相続財産が全く存在しないと信じたためであり,かつ,父の生活歴,父と相談者との間の交際状態その他の諸般の状況からみて,相談者に対し相続財産の有無の調査を期待することが著しく困難な事情があって,相続人が被相続人に債務がないと信じる相当の理由があると認められるとき,に該当する可能性があると思われます。
 取り急ぎ,家庭裁判所に相続放棄の申し立てを行い,これらの事情を主張することで相続放棄が認められれば,金融業者からの請求を拒むことができます。

「参考文献」
潮見佳男『相続法第二版』弘文堂
東京弁護士会相続・遺言研究部『遺産分割・遺言の法律相談』青林書院

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