Q
夫が亡くなり,妻の私と一人娘とが相続人です。
夫の遺産を調べると,夫は財産のほとんどを生前に処分し,預金300万円と借金200万円が残っていましたが納得いきません。私は遺留分を請求できますか。
なお、生前の処分の具体的内容は以下のとおりです。
1 死亡の半年前に,夫が育った養護施設に200万円を寄付した。
2 死亡の2年前に,娘に結婚資金として700万円を贈与した。
3 死亡の3年前に,夫の愛人に2000万円を贈与した。
Q
夫が亡くなり,妻の私と一人娘とが相続人です。
夫の遺産を調べると,夫は財産のほとんどを生前に処分し,預金300万円と借金200万円が残っていましたが納得いきません。私は遺留分を請求できますか。
なお、生前の処分の具体的内容は以下のとおりです。
1 死亡の半年前に,夫が育った養護施設に200万円を寄付した。
2 死亡の2年前に,娘に結婚資金として700万円を贈与した。
3 死亡の3年前に,夫の愛人に2000万円を贈与した。
A
1 遺留分とは
遺留分とは,被相続人が有していた財産のうち,法律上その取得が一定の相続人に留保されており被相続人の自由な処分(贈与・遺贈)に対して制限が加えられている持分を指します。遺留分は,直系尊属のみが相続人である場合には法定相続割合の3分の1,それ以外の場合には法定相続割合の2分の1です(民法1028条,1044条,900条,901条)。
ご質問のケースのように,夫が死亡して妻と子一人とが相続人である場合,各相続人の法定相続割合に2分の1を乗じた分が遺留分割合となります。妻と子の法定相続割合はそれぞれ2分の1ですので,これらに2分の1を乗じた結果,妻の遺留分割合は4分の1,子の遺留分も4分の1となります。ここでは,遺留分の具体的計算方法を説明します。
2 遺留分算定の基礎となる財産
具体的に遺留分として取得できる財産は,遺留分算定の基礎となる財産に,上記のとおり算出された遺留分割合を乗じて算定します。遺留分算定の基礎となる財産とは,被相続人が相続開始時に有した積極財産(プラスの財産)から債務(マイナスの財産)を差し引き,これに下記いずれかに該当する贈与の額を足して算出します(民法1029条)。
ア 相続開始前の1年間にされた贈与(民法1030条)
相続開始から起算しの1年間にされた贈与は遺留分算定の基礎として組み入れます。
イ 遺留分権利者に損害を加えることを知って行った贈与(民法1030条)
贈与の当事者双方が遺留分権利者に損害を加えることを知って行った贈与は,相続開始の1年前よりも過去の行為であっても遺留分算定の基礎に加算します。「損害を加えることを知って」とは,遺留分侵害の認識で足り,遺留分侵害の目的は不要です。
ウ 不相当な対価でなされた有償処分(民法1039条)
不相当な対価でなされた有償処分とは,例えば,不動産を著しい安価で第三者に売却する行為を指します。この場合,売買当事者双方が遺留分権利者に損害を加えることを知っていた場合は実質的な贈与とみなし,対価を差し引いた残額を遺留分算定基礎財産に加算します。この場合も相続開始前から1年という時期的制限はありません。
エ 婚姻・養子縁組費用・生計の資本としての相続人への贈与(民法1044条,903条1項)
相続人が相続開始前に被相続人から受けた贈与のうち,婚姻・養子縁組費用,生計の資本としての贈与は,相続開始前1年という時期的制限を受けず遺留分の基礎財産となります。「生計の資本」とは一般に居住不動産や取得資金贈与,営業資金贈与,借地権贈与など生計の基礎として役立つ財産上の給付を指し,遊興費や借金弁済目的の贈与は該当しません。
3 問いの検討
まず,相続開始時の相続財産は,預金300万円(プラス財産)と借金200万円(マイナス財産)ですから,300万―200万円=100万円です。この100万円に,上記2の遺留分算定基礎財産の各条件に該当する贈与を加算すると遺留分算定基礎財産が算出できます。
問1 死亡の半年前に,夫が育った養護施設に200万円を寄付した。
養護施設への寄付行為は金員の贈与にあたります。相続開始前の1年間に行われた贈与行為として上記(1)に該当し,遺留分算定基礎財産に200万円を加算します。
問2 死亡の2年前に,娘に結婚資金として700万円を贈与した。
娘は相続人であり,結婚資金贈与は上記エの「婚姻費用」のための贈与に該当します。したがって,この700万円は遺留分算定基礎財産に加算します。
問3 死亡の3年前に,夫の愛人に2千万円を贈与した。
愛人は相続人ではないため,原則としては上記アのとおり,相続開始前1年間になされた贈与のみが遺留分算定の基礎となります。ただし,亡夫と愛人双方に遺留分を侵害する認識があった場合には,この2千万円を遺留分算定基礎に組み入れることになります。(上記イ)。したがって,
A 問3について亡夫と愛人双方に遺留分侵害の認識があった場合
100万円+200万円(①)+700万円(②)+2000万円(③)=3000万円が遺留分算定基礎財産額であり,これに妻の遺留分割合である4分の1を乗じた額である750万円が妻の具体的遺留分額です。
B 問3について亡夫・愛人双方に遺留分侵害の認識が無く2000万円を組み入れない場合
100万円+200万円(①)+700万円(③)=1000万円に4分の1を乗じた250万円が妻の具体的遺留分額となります。
「参考文献」
潮見佳男『相続法第二版』弘文堂
片岡武・管野眞一『家庭裁判所における遺産分割・遺留分の実務』日本加除出版
東京弁護士会相続・遺言研究部『遺産分割・遺言の法律相談』青林書院