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遺言作成者が認知症だった場合(遺言能力と遺言無効確認の訴え)

遺言作成者が認知症だった場合(遺言能力と遺言無効確認の訴え)

Q

父が亡くなり,私を含む5人の子供が相続人です。父の机から,亡くなる半年前の作成日付が記された遺言が発見されました。遺言の内容は父の有する多数の不動産や株式ひとつひとつについて詳細に記した複雑なもので財産目録も含めて7枚もあります。父は1年ほど前から重度の認知症と診断され,家族の名前はおろか自分の居る場所もわからないような状態でした。筆跡からすると父の自筆のようですが,父が半年前に自分の意志で遺言を作ったとは思えません。遺言を無効とするには,どのような手続きをとればいいのでしょうか。

A

1 遺言能力
 遺言とは,人の生前における最終的な意思表示を尊重し,遺言者の死後の財産処分に関する意思を実現させるための手段であり,満15歳以上の者が行うことができます(民法961条)。遺言を有効に行うためには,遺言の種類ごとに定められた厳格な形式的要件を充たす必要があります。それに加えて,遺言が遺言者の死後の権利関係を本人の意思で決定させるための制度であることに鑑み,遺言作成時に遺言者に遺言能力が備わっていることが必要とされています(民法963条)。
遺言能力とは,意思能力とほぼ同じ意味に解されており,法律行為(遺言)を行なったことで自己の権利や義務がどのように変動するか理解する能力とされています。遺言能力を欠く状態で作成された遺言は,たとえ形式的要件を充たしていても無効となります。

2 認知症と遺言能力
 15歳以上の者の遺言能力の有無は,遺言時における本人の状態に応じて判断します。例えば認知症と診断された方でもその症状の程度は様々であり,時によって意思能力の残存程度にばらつきがみられることもあります。したがって,認知症と診断されただけで必ず遺言能力が否定されるわけではありません。具体的には,遺言時における遺言者の心身状況,理解力の程度,遺言作成の経緯や動機,遺言内容の複雑さの程度等を総合的に考慮し,遺言者が遺言内容と遺言による法的効果を理解して作成したものと推認される場合には,遺言能力があったと判断されるのです。

3 遺言無効確認の訴え
 遺言の有効性について争いが生じた場合には,地方裁判所に遺言無効確認訴訟を提起し紛争を解決する必要があります。なお,遺言能力に関する立証責任は遺言の存在を主張する側にあります。具体的な立証では,遺言者の遺言前後の精神状態に関する医療・介護の記録や近親者の証言などが重要な意義をもちます。

4 裁判における判断例
 遺言能力に関して参考になる判例には次のようなものがあります。いずれも,遺言当時の遺言者の状態を詳細に認定していることがうかがわれます。
①  遺言作成日の二日前から昏睡度3(ほとんど眠っており外的刺激で開眼しうる程度)と4(意識は完全に消失するが痛み・刺激には反応する状態)の間を行き来しうる状態で推移し,遺言作成の翌日には昏睡度5(痛み・刺激にも全く反応しなくなる状態)に陥り死亡したという事案で,遺言内容が詳細多岐にわたることも踏まえ,遺言能力を否定した(大阪地判昭和61・4・24判時1250・81)。
②  遺言当時,脳梗塞の所見があり,遺言の8日後には多発性脳梗塞により意識不明になったこと,遺言の数か月前から周囲の言動に迎合し,財産管理に関する意向を次々に変更していたことを認定し,遺言能力を否定した(東京地判平成9・10・24判タ979・202)。
③  遺言の前後ころに認知症症状が現れ,無気力な態度,昔のことを繰り返し話す,現在の環境に対する理解を欠く行動や異食行動,便いじり等の異常行動とともに,見当識障害(日時場所の認識不能),記銘力障害,思考力障害等がみられたこと,および遺言内容が複雑多岐にわたることを踏まえて遺言を無効とした(東京高判平成12・3・16判時1715・34)。

5 問いについて
 ご質問では,遺言者は,遺言作成の1年ほど前から重度の認知症と診断され見当識障害,記憶力障害という重い症状があります。また,遺言内容は複雑で分量も多いことからすると,遺言時における遺言能力が否定され遺言無効と判断される可能性があります。専門家に相談の上,遺言無効確認の訴え提起を検討されることをお勧めします。

「参考文献」
高岡信男『相続・遺言の法律相談』学陽書房
片岡武・管野眞一『家庭裁判所における遺産分割・遺留分の実務』日本加除出版
東京弁護士会相続・遺言研究部『遺産分割・遺言の法律相談』青林書院

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