MENU

よくある相続法律相談consultation

>
遺言が複数存在した場合はどうなりますか

遺言が複数存在した場合はどうなりますか

Q

父が亡くなり,3人の娘が相続人です。父は,①亡くなる5年前に公正証書遺言を作成していましたが,自宅の机から②1年前の日付が付された自筆の遺言が見つかりました。また,葬儀の後に,父を最後まで介護していた三女が父から預かったといって,③死亡1週間前に作成された父自筆の遺言書を出してきました。3つの遺言には次のような記載がありますが,どのように遺産分割を進めるべきでしょうか。なお,父の遺産は,マンション・預金・株式の3種類で,いずれも約2千万円の価値があります。

① マンションは売却し売却代金を3人の娘で均等に分ける。預金は3人で均等に分ける。
② マンションは長女に譲る。その他の財産はすべて次女に譲る。
③ 株式はすべて次女に譲り,預金はすべて三女に譲る。

A

1 複数の遺言間の優劣
遺言には,自筆証書遺言(968条),公正証書遺言(民法969条),秘密証書遺言(民法970条),死亡危急者遺言(民法976条),伝染病隔 地者遺言(民法977条),在船者遺言(民法978条),船舶遭難者遺言(民法979条)の6種類があり,それぞれに厳格な有効要件が定められています。 これらの遺言の方式間に優劣はなく,複数の有効な遺言が存在する場合,方式に関係なく,後に作成されたものが優先します。遺言は遺言者自らの財産処分や身 分関係に関する最終意思として尊重されるものですから,できるだけ死亡時点に近い意思を反映していた遺言を優先しているのです。こうした趣旨から,遺言者 が先に作成した遺言の存在を失念して新たに遺言を作成した場合(ことさらに先に作成した遺言を変更・撤回する意思がなかった場合)であっても,後になされ た遺言が優先する点に注意が必要です。

2 遺言の撤回
複数の有効な遺言間で優劣が問題となるのは,複数の遺言の内容が相互に抵触する場合に限られます(民法1023条,1024条)。複数の遺言があっても,その内容が同一であったり,両立するものであれば優劣は問題になりません。
抵触とは,前の遺言を失効させなければ後の遺言の内容を実現できない程度に内容が矛盾することをいいます。例えば,前の遺言にはA建物を長男に,B 預金を次男に譲るとあるのに,後の遺言では,A建物を妻に,B預金は長男に譲るとあるような場合です。この場合,A建物についても,B預金についても,前 の遺言を失効させなければ後の遺言を実現することは不可能であり,まさに抵触しています。この場合,後になされた遺言により前の遺言が撤回されたことにな るのです。
では,遺言内容の一部だけが異なる場合はどうでしょうか。この場合,遺言は相互に抵触する限度で古い遺言が撤回されます。つまり,内容の異なる複数 の有効な遺言が存在するからといって,無条件に古い遺言全体が失効するわけではなく,遺言内容が相互に矛盾し,かつ,その矛盾が「抵触」といえる程度に達 する箇所についてのみ,新しい遺言による古い遺言の撤回の効果が生じるのです。

3 問いの検討
問いの事案で発見された3つの遺言がいずれも形式的に有効である場合,作成時期が相続開始時点に近いものが優先される結果,優先順位は,③②①となります。
そして,遺言内容の矛盾箇所についてみると,まず,マンションに関する遺言内容は,①と②とで相互に矛盾し,かつ,①「マンションの売却と売却益 の3人での分配」と,②「マンションを長女に譲る」という内容から,①を失効させなければ②の実現が不可能であることは明らかです。したがって,①と②と はマンションの処分に関する記載内容が抵触する結果,作成時期がより相続開始時に近い②によって①の遺言内容が撤回されます。
預金については,①~③のすべての遺言が言及しており(②では「マンション以外のすべての財産」が預金・株式を指すと解します),かつ,①「3人で 分配する」,②「次女に譲る」,③「三女に譲る」という内容から,相互の抵触は明らかです。したがって,②の作成により①が,③の作成により②が,それぞ れ撤回される結果,③の遺言に従います。
株式については,①~③のすべてにおいて言及されています。そして,①「3人で分ける」と②「次女に譲る」とでは,内容が抵触するため,新しい遺言 ②により古い遺言①が撤回されます。なお,②と③はいずれも「次女に譲る」という内容ですので抵触していません。よって,③は②よりも後に作成されていま すが,③による②の遺言撤回効は生じません。
以上より,マンションは遺言②に従って長女が,預金は遺言③に従って次女が,株式は遺言②に従って三女が,それぞれ取得することになります。

「参考文献」
遠藤常二郎『遺言実務入門』三協法規
片岡武・管野眞一『家庭裁判所における遺産分割・遺留分の実務』日本加除出版
高岡信男『相続・遺言の法律相談』学陽書房

よくある相続法律相談 一覧